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2018-11-05

その13-ブッダの一握りの木の葉 ―ブッダの核となる教えとは

■これからしばらく「ブッダの一握りの木の葉 ―ブッダの核となる教えとは」という本を訳してみたいと思います。
表紙は下記の写真となります。(翻訳の許可は原著者からとっています。)

180913てのひら

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もし、ブッダが説法を行う決断をした大きな慈悲がなければ、輪廻の中に彷徨う私達の人生は、さらに何十万年も暗闇の中にいたに違いありません。それを考えると大変恐ろしいです。何故なら、今後、あまりに長く耐えねばならないからです。タイ人は、自分が人間として生まれたこそ可能な仏道修行を行い、ブッダに出会いなさい、そうでなければ生まれ損だと説法する僧の言葉に耳を傾けますが、困惑して理解しない傾向があると言われています。ここには深い真実があります。しかし、多くの人々は、どうしてそのようにするのがいいのか理解しないし、関心もありません。
真理に至るにはどうしたらいいのでしょうか。八正道では、「正しく理解すること(正見」から始めます。ブッダが発見したひとつの事(それは私達がまだ知らず、見ていないことですが)を見て、理解する必要があるということです。いかに歩んで求める場所に至るべきかを説くブッダの言葉を聞く必要があるのです。ブッダが発見した内容を理解しない場合は、話は終わってしまいます。理解して信じないのは、最初から「虎」として呪われているようなものです。信じないのは、ずっと「虎」であることを喜ぶことです。賢い人は聞いたら、すぐに理解しようと求めるでしょう。真に求める場所に至りたい人は、四念処に関心を持つ必要があります。私は、皆さんの心が本来の「家」に帰れるように、理解できる言葉でやさしく説明するつもりです。この「家」こそが、涅槃であり、各人の「人」本来の「家」で、「虎」から「人」になることなのです。
賢い人は、読んだだけで、人として生まれ、仏教に出会ったことを幸運を、すぐに理解するでしょう。安らぎを感じず、自分自身は人生に問題がない故に、仏教を学ぶ必要がないと思う人は、哀れむべき、可哀想な人たちです。ブッダは、この世を生まれて死ぬことを繰り返すことを輪廻と呼びました。生死を何度も繰り返すことは、非常に憐れむべきことです。暗闇の中で人生を生き、「虎」のように苦闘して自活し、実態がなく本質を欠いて生きるからです。この世に生まれ出て仏教に出会う運がない故に、生まれてきた十分なチャンスを失い、終わることのない生死の循環を生きねばなりません。


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Author:Kodek
タイの社会・文化をタイ字新聞やタイ語の記事を通して理解しおうとするブログです。日本語で伝えるタイの情報にはどうしてもバイアスがかかってしまう。タイの新聞にはタイの新聞の「味」があります。おもしろおかしく紹介する風潮とは一線を画してタイ語の記事のおもしろさを伝えられればと思っています。

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